料理人として。

料理について
パスタ

私の料理暦は社会にでてからずっとなのでかれこれ2008年で12年を迎える、
期間としては長く感じるけれど、流れ者なので自分で言うのもなんだけど
腕はまぁまぁ、アイデア勝負というところか・・・、
あまり人が考えそうにない発想を料理にするのが得意である。

調理師になったきっかけは高校2年のある日、
いつものように寝ようと布団にもぐり込んだら
突然、電撃にも似た閃きが私を襲った。
「そうだ、料理人になろう。」

それから、飲食店にバイトに行って当時、大流行のあの料理番組
「料理の鉄人」を毎週のようにビデオに録画していた。
その番組で出会ったのが現「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」の
オーナーシェフ、小林幸司さんだった。

自分の人生をこれほど簡単に変えてしまう人物はそう出会えることは
ないと思う、私はイタリアンの道に進むことに決めた。
大阪の老舗のイタリアンに3年半、
これまた大阪の料理の鉄人に出演したイタリア人の元で3ヶ月働いた。
その間、使えるお金をすべて握り締めて
新幹線に乗って東京まで小林さんの料理を食べに行った。

小林さんの顔を知って人はわかると思うが結構怖そうに見える。
でも話してみると非常に朗らかでお話好きなようで、
私も何度かお話させていただいた。

そんな濃密なイタリアン漬けの4年間を過ごして私は
イタリアンを封印した、なぜかというと自分で店をしたかったから。
と、書いても理由にはならないと思うが居酒屋がしたかったのである。

自分で店をするときは1品2000円、3000円のものは出せないし
そんな値段で勝負できるような土地を借りる資金も作るのが大変。
もっと安い値段でイタリアンの技術を生かした、飲食店をしたい。
そう思って、地元京都に帰って創作料理店を転々とするようになった。

そなある日、私の人生をまたも変えてしまう人物を知ってしまうことになる。
その人はマーケッター神田昌典さん、現在はマーケッターという肩書きではないらしいが、
いまだに私にはマーケティングの師匠的存在である。
(お会いしたことは一度もない)

この話は料理には直接関係ないのでまた別の機会に書こうと思うが
つまり神田さんの影響で料理の味だけで独立して勝負するのは
あまりにも危険と判断した。

ということで、今は料理の腕を磨くよりも経営とは?飲食店とは?
独立して成功する確率を上げるためには?ということを勉強し、考えながら
日々の労働を自分の糧に変えている。

まぁ、常に現場にいて料理はしているので料理の技術は
少しずつ進歩していっています。

ここでは日々の料理や飲食店の仕事に関することを記述します。